学校というイデア

先日、3トラ集合して打ち合わせをした時のこと。不登校って何だろう、と今さらながら考えた。

わが子の場合、原因、理由は複合的だったけれど、「学校に行きたくないから行かない」というシンプルな不登校。で、私は実はずっと不思議だったのだ。

学校に行きたいのに、行けない。

よく聞く言葉である。で、今回、その言葉の真意について考えてみたいと思ったのだった。

学校に行きたいのなら、行けば良い。
シンプルだ。でも、そのシンプルなことができないのはなぜか?理由は色々。いじめだったり、全体主義的な空気感だったり、勉強に興味が持てなかったり。で、こういうことが日々起きている場所が学校なわけで、であるなら、学校に行きたくないから行っていないということになるんじゃないか…。

子どもは学校で辛い思いをしている。だから学校には行きたくない。だから休む。これが現実に起きている現象。

そう、これは、現象。現象界のお話。つまり、不登校の子どもたちが、行きたいと切望する「学校」は、この現象界にはない。そこへ行きさえすればあらゆる世界に通じる魔法の手形をもらえて、自分を自由に解き放ってくれる、そんな素敵な「学校」。そこに所属していることに意味があり、そこに場を得ている素敵な自分。子どもたちが行きたいと願うそこは、現実の学校ではない。その概念の最も理想的な姿、いわばイデアとしての学校なのだ。そう考えると納得できる。

そんな素敵な場所に行きたくない自分って、ダメな人間なんじゃないか?学校に行きたいと思わないといけないんじゃないか?

学校に行きたいのに行けない、の意味ってこういうことなのかもしれない。でもこの際、理想は置いといて、学校に行きたくないのだという現実を受け入れた方が、きっと子どもも親も楽になる。行きたいのに…と考えているうちは、次に進めない。行きたくないのだということを認められたら、じゃどうする?と考えられる。

学校というイデア、私たちの意識下に刷り込まれたその呪縛から自由になること。まずはそこからだろう。

さなトラ 藤野早苗

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by sacfa2018 | 2018-11-02 00:30 | 不登校 | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


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