なんとかなる、どうにかなる。

母が認知症と診断されて、1年半である。

少しずつ少しずつ症状は進んでいるようだ。
「ようだ」というのは、私は最近会っていなくて妹から話を聞くだけだから。

認知症になると「物取られ妄想」にとらわれるケースは多いらしいが、母はまさにそれである。

私は「福岡にいる泥棒娘」になっているのだ。
大事なものからたいしたことのないものまで、かなりの物が福岡にこっそり持ち帰られたことになっている。
いやあ、話作るのうまいよねえ、と思うくらいの辻褄が合う泥棒ストーリーを母は語るのである。そして
「なんでこんな酷い子になってしまったかねえ」と怒る(嘆くのではない、彼女にかかると怒りになるのだ。だから厄介だ。)
そして私の未来に、なかなか厳しい予言を吐く。
(もはや笑い話にしたいくらいのレベルだがここでは書かない)

それで私は実家に帰ることは避けている。
不安や寂しさからの妄言なのかもしれないが、投げられる私の方は、情けないことに受け流せるだけの度量を持っていない。
そのため、実家からほどほどの距離に住まう妹に母のことは任せきりである。
妹、本当に申し訳ない…

私には三人の子どもがいて、ようやくそれぞれが自立してくれて(末っ子はまだ学生ではあるが)
、心配ごとはなくなったかなあと思ったら、母の認知症である。
なかなか気が楽にはならないものだ。

しかし私の周りには、こういう状況の友人はけっこういる。

そして、皆それぞれなんとか踏ん張って、折り合いを付けて、暮らしている。
自分だけじゃないんだ、と思うだけで、なんとかなると思える。

ただ、妹にはかなり負担をかけてしまっているのが気がかりではある。
妹と電話でやり取りしつつ、しばらくは母を見守るしかない、ということに落ち着く。

怒っている相手に向かっていっても、何も生まれない。距離を置く方が良いこともある。

昔と違って、公的な支援もたくさんある。

何か苦しいことがあったら、誰かに助けてもらうこと、人に頼ること。

子どもが不登校になってから学んだことの一つだ。

なんとかなる、どうにかなる。

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しょこトラ 水元晶子


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by sacfa2018 | 2018-10-09 00:07 | 家族 | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


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