批判と文句と難癖と

d0378078_08293298.jpg


しょこトラも触れていたが、https://sacfafk.exblog.jp/27137851/ノーベル医学・生理学賞を受賞された本庶佑氏の「教科書に書いてあることを信じない。常に疑いを持って、本当はどうなってるんだ、という心を大切にする」(NHK NEWS WEBより)というメッセージが世の中に大きく取り上げられ話題になっている。

私は現在、教育や不登校に関する情報を集め考えるようにしているが、このメッセージで思い出したことがある。それはずいぶん前、私が大学生のときだった。ある教授のテストの問題のひとつに「私の授業の批判をせよ」というものがあった。それに私は仰天したのだった。今なら批判的思考ークリティカルシンキングーのトレーニングだとわかるのだが、当時の私はただ面食らうばかりだった。高校生まで、先生に意見を言うことは反逆罪を意味した。先生に意見するなど、この私にできようか。上から言われたことに対し何か思うなど、できるはずがないと頭を抱えてしまったのを今も鮮明に覚えている。批判と文句と、おそらく難癖との区別もついていなかったのだ。

どんなテーマの講義だったかもよく覚えている。南京大虐殺の検証と教授の主張だった。私はただ驚き彼の授業に聞き入った。高校を卒業するまで、こんな話は聞いたことがなかった。だがそれは学生が鵜呑みにするだけでは不十分なのだ。

何年たっても染みついたものは変えにくい。今の私も誰かの主張が書いてあるものを読んだあと、批判的にその主張を考えることはなかなか難しく、つい「そうだよなあ」と納得して終わってしまうことがとても多いのだ。幼少より先生の話と教科書の内容を頭に入れる努力をし、自宅では親の言いつけを守っていれば平和に過ごせた(よく反発しましたが)結果、順当に飼いならされていった私がここにいる。

そして、これはたぶん私だけではなく、多くのこの国の教育を受けた人たちが、自分の意見を持つことを忘れ、また主張したことが何らかの圧力でつぶされた経験を持ちながら、生きづらさを感じ生きているのではないだろうか。ついでに言っておくと、何らかの圧力とは、たとえばこれも私の経験で申し訳ないのだが、「女は意見を言うな」「新人は3年黙っておけ」「職員会議は意見を言う場でなく校長からの伝達を聞く場だ」(いずれも学校現場)など主張そのものを封じるような圧力。

ノーベル賞のような大きな賞の問題ではない。私たちの生き方の問題を本庶氏は指摘しているのだ。教科書が絶対的に正しいものであれば、どんな思考も研究も教科書以上のクオリティーは望めないだろう。教科書外の価値を持った生活は想像もできなくなっていくだろう。私たちは教科書の外を考えることが許されないのだから。

そんないきかたが苦しいから、不登校が社会現象になるんだろうに。


くにトラ  鈴木久仁子


HPもご覧ください♬

http://sacfa.yubunsuzuki.com/


[PR]
by sacfa2018 | 2018-10-07 04:00 | 学校 | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


by sacfa2018