不登校が親にもたらすもの

不登校は子どもの人生の終わりではなく、それどころか、より充実した未来への第一歩かもしれないということは再三お話してまいりました。しかし、親にとってはどうなのか、親は不登校という子どもの身勝手に甘んじるばかりなのか…。そうお考えの方、いらっしゃることでしょう。

今日はそのあたりについて少し。
結論から言うと、私は娘が不登校になったことで素晴らしく自由になりました。それまで私は自分が不自由だと思ったことはありませんでした。何となく周囲との違和を感じてはいましたが、まあみんなこんなものだろうと考えていたのです。地元の小中高に通い、やはり地元の大学に入り、教員になる。葛藤はありましたが、結局安定と呼ばれるものを選びました。結婚、出産、育児。娘はわりとできた子で、ああこれなら大丈夫…などとタカをくくっていた矢先の不登校。目の前が真っ暗。高校には行かないという。どうするの…?

今から5年前のことです。たった5年ですが、不登校を取り巻く環境は全く違う。ある学校関係者は、不登校の子どもを「異端の子」と呼んで憚りませんでした。でもだから良かったのかもしれません。高校には行かないけど、大学には行きたいという娘のために、どうすればそれが実現できるのか、親子で考える以外なかったのです。私自身が歩いてきた、ただ周囲に流されて決めてきた道は娘にはない。道は自分たちで切り開くしかない。それはとても厳しい現実でしたが、反面、ちょっとワクワクしたのも正直なところです。

高校の代わりに高卒認定資格を取る、そのための予備校選びに始まり、どうしても身に付かない英語を学ぶため短期留学をしたり、紹介していただいた大学の教授に数学についてお話していただいたり…。娘にそんな経験をさせているうちに、人間やろうと思えば何でもできるものだと実感し、齢50を過ぎてようやく私自身が自立できたような気がしました。自分のためならまあ仕方ない、と我慢してしまったことも、娘のためなら頑張れる。結果、私は娘の不登校によって失ったものより得たものの方がずっと大きかったように思います。

経済的基盤を整えてくれた夫、ありがとう。
娘の不登校を恥ずかしいなんて、誰一人として言わなかった親族一同、ありがとう。
ずっと変わらず友だちでいてくれた「細雪の会」、ありがとう。
短歌を通して元気をくれた「南の魚座」メンバー、ありがとう。
そして、娘が不登校になったからこそ出会えた「咲くふぁ福岡」くにトラ、しょこトラ、ありがとう。
ここには書ききれないけど、ずっとご縁を繋いでいてくださったたくさんの方々、ありがとう。
そして、これから出会うみなさま、その新しい出会いに感謝します。ありがとう。

早朝の新雪を踏みしめて行くような、娘の不登校が私にくれたのはそんな心もちだったような気がします。

さなトラ 藤野早苗

ホームページもご覧ください。

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by sacfa2018 | 2018-09-13 23:48 | 不登校 | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


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