少しだけこころをゆるめたらいいと思う

同じ服を着て、同じ様な髪型をして、同じ年の人間と、毎日毎日同じ場所で顔を合わせて、決まったことをやらなきゃいけない、ということは、考えてみたらけっこう大変なこと。

大人になっている自分が、同じことをやれと言われたら「嫌です」と言うと思う。

大人になったらいくらでも好きにできるんだから、今は我慢しなさい、っていうレベルの事柄ではないと思うんだよね…

こんなことも我慢できなくて、社会に出たらやっていけない、という人もいるけれど、本当のところわからない。
今できないことが先々できないかどうかわからない。
できなくたって、それなりにやっていく方法もある。

そういう考え方がみんなの中に当たり前にあったら、きっともっと楽なんじゃないだろうか。

自分たちだってやってきたんだよ、と子どもに言うのはずるい。
かく言う私だってそう思って子育てしていたのは確か。
子どもたちに申し訳なかった、と後から思った。だから今言いたい。

大人が少しだけこころをゆるめたらいい。

当たり前と思われていることに、本当にそうなのかなと
立ち止まるのは勇気がいることなんだよね。

立ち止まった子どもたちと、その家族を、応援したいと思うのです。
この「アガパンサス日記」が当事者の方のところに届いているといいなあと思います。
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しょこトラ Sho Miz

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Commented by arai774san at 2018-08-05 12:14
上の子の時には
毎日制服着て
学校に行って、勉強して
成績あげて
いろんな活動して。

そんな毎日は
当たり前のことだと、
疑う余地もなかった。

学校に通うことは
ご飯をたべて、トイレして
寝ることと同列だと信じこんでいた。

でも、次女はそんなワタシの
高くて頑丈な壁をガンガン壊して
とうとう
跨げるほどの高さまで
崩してしまった。

崩した向こうの世界は
私にいろんな質問をしてくる。
そして、壁に囲われていたときの世界が幻想だったと気づいたときに
ワタシは壁を跨いで
向こうのひとになったよ。

立ち止まることは
ものすごく恐怖。

だけど
自分達もどこかで感じている
違和感を
なかったことにして
無視してきた。
その世界のほころびが
あちこちに噴出しているのも事実。

子どもたちの
身体を張ったメッセージ
自分の違和感

寄り添うことは
容易いことではないけど

時に傷を作って
血をながすことがあっても
少しずつ向き合って行きたい。

こんなに180度変わってしまった母を
長女は戸惑って
反発して、「私の学生時代はなんだったの?」と言われたときには
「ごめんねーあの時はそれが一番いいと思っていたんだ」としか言えなかった。
何度も反発して
何度も謝って。

これからも、繰り返すんだろうなぁ。

でも
新しいこれからの時代の人だから
広い世界で過ごしてほしい。


Commented by sacfa2018 at 2018-08-06 19:00
arai774sanさま

コメントありがとうございます。
親が変わっていくこと、子どもにとってはなかなか信用できない事態なのかもしれません。でも親だって、初心者から始めるのだから…
と私は言い訳しています。
変わりゆく親を目にした子どもは、つらいかもしれないけれど、そこできっと何かを得ているはずだと信じたいです。
親子共々、豊かな、広い世界へと進んで行けるといいですね!
しょこトラ Sho Miz
by sacfa2018 | 2018-08-04 00:05 | 不登校支援 | Comments(2)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


by sacfa2018