過ごした時間

私は楽しいことが終わりに近づくと不機嫌になる子どもだった。

我を忘れるほど楽しんでいたのに、「もうすぐこれは終わる」と気づいた瞬間からもう何も楽しくない。
終わった後の寂しさ、つまらなさを前倒しして感じてしまうのだった。

だから、楽しいことのラスト部分は、すでに楽しくない時間となってしまい、物悲しい気分に覆われてすっかり気落ちしてしまうという、側から見たら妙な子どもであった。

それはけっこう大人になっても続いていたのだが、ある時ふと、実にもったいないことではないかと思い至った。

どっちにしたって終われば寂しい。
それなら楽しい時間は目一杯最後まで楽しめばいいじゃないか。

無理矢理自分にそう言い聞かせていたら、いつのまにか最後まで楽しむことができるようになっていた。

そして、気がつけば終わった寂しさの感じ方が変わっていた。

楽しみにしていたことが終わってしまった寂しさよりも、楽しかったことを思い出してかみしめる時間が増えた。
自分の過ごした時間を愛おしむことができるようになった。

今は、小さな「楽しみなこと」をたくさん設定して、過ごすようにしている。

つくづく不器用だなあと思う。
それでも気付けて良かった。
子どもの頃に気付けていたらもっと良かったけれど。

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しょこトラ Sho Miz

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by sacfa2018 | 2018-07-10 00:41 | 子どもの頃 | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


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