マーガリンもしくはファシズムの一場面の記憶


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給食。マーガリン。残してはならない。完食するまで昼休みを許されなかった。

脂のにおいの突き上げてくる記憶。てらてらしたうす黄色。どうにも受け付けられなかった。しかも時に分離し、変質していた。

「マーガリンはくじらのあぶらからできています」というような文句が、当時そのぐにゃりとした小さなビニル製のパッケージに誇らしげに印刷してあった(ような気がする)。私はくじらの脂を怨んだ。

やっと最後まで食べきり、昼休み中の仕事を犠牲にしてつきあったつもりであっただろう担任教師から――その袋が空になっているのも含めて――の不機嫌なチェックを受け、昼休みが終わる23分前にやっと教室の外に出るけれど、休む時間があるはずもない。



マシな日もあった。私を問題視する同じ班の男の子らが、無理やりそれだけを食べさせるのだった。彼らには昼休みが必要だった。彼らははやし立てながら、私にそれをビニルの袋ごと口に入れさせ、口の中に絞り込むよう強いた。ぬるい脂のにおいと粘度そして妙な塩気に吐き気を催し、時には本当に吐き、けれどもそんな日は完食が早いので、昼休みの時間がふんだんにあったのだった、恐らく私の属していた班の皆の休み時間が。

昼休みの記憶は、それを強要された小学3年生から5年生の間ほとんど作られることはなかった。独りで過ごしたという以外には。



私は仕事がのろいとして、またほかのよくわからない理由でも担任教師よりしばしば強い言葉とともに平手で頭部を打たれた。

私はただ座っている子どもに見えただろう。しかし本当は逃れたくとも動けないただの木偶であった記憶。




このような私が、今もなお息子たちに学校を強いる気持ちを止められないのはどうしてだろう。私はもっとこの問題に向き合わなければならない。

  




鯨油マーガリンが存在していた頃小学生だった くにトラ  鈴木久仁子





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by sacfa2018 | 2018-07-08 00:05 | 不登校 | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


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