十薬の花

一昨日の記事に書いた男の子、1時間後に保護されたらしいという情報を、ブログを読んでくださっている方からいただきました。良かった。本当に良かった。二人の中学生にも心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

この一件を聞いて、かなり強烈なフラッシュバックを経験した。

娘が中学1年生の時。ちょうど今頃。夏至前の、一番日が長い頃。午後7時、部活おわりの娘を迎えに行き、そのままピアノのレッスンに行く段取りになっていた。しかし、いくら待っても娘は約束の場所に来ない。おかしいと思い、職員室を訪ねて事情を話すと、教務主任の先生が対応してくれた。

娘は吹奏楽部であることを伝えると、教務主任は練習場所に様子を見に行き、戻ってくるやいなや、半笑いでこう言った。

「娘さん、何ですか、あれは。カバンから何からほっぽり出して、姿をくらましてますよ。片付ける気がないんでしょうなあ。今日はたしか、吹奏楽部は、アクロスに、演奏会を観に行く日だったんじゃないですか?娘さんも行かれたんでしょう。迎えも忘れてるんでしょう。ずいぶん慌てて行ったみたいですからね。」

たしかに、その日は、吹奏楽部はプロの吹奏楽演奏を聴きにアクロスに行くことになっていた。しかし、これはあくまで希望者のみ。話は聞いていたが、娘は行かないと言ってチケットは購入しなかったのだ。チケットがなければ当然観覧はできない。その公演は人気があり、チケットは即完売状態だったので、その日思いたったとしても入手できるものではない。その旨、教務主任に細やかに伝えたのだが、

「いや、子どものことですからねえ、気が変わったんじゃないですか?ずいぶん焦ってたみたいですしねえ(半笑い)。」

という態度は変わらず、私の不安は全く顧みられることはなかったのだった。

教務主任を相手にしていてもラチがあかない。まだ在校していた担任に相談したところ、こちらはかなり真剣に考えて下さり、吹奏楽部の顧問の携帯に連絡してくれた。しかし、演奏中、携帯は当然切っている。私も番号を教えてもらい、何度も何度も連絡を入れたが、繋がらない。もう、アクロスに行って、確かめるほかないということになり、担任とそれぞれの車でアクロスへ。公演終了を待った。

待つ時間の長さ。その間、脳裏をよぎるのは、中味をぶちまけられた娘のカバンの様である。娘は絶対にそんなことはしない。カバンを持って帰らないなんていうことはありえない。誰かに拉致されたのではないか、ひょっとしてもう命がなくなってしまっているのではないか。いや、でも、公演が終わったら、あー楽しかった、とか言って、出てくるかもしれないし…。不安に耐えながら終了時間を待ち、見覚えのある部員を見つけて、娘のことを尋ねると、

「いいえ、今日は来てませんよ。一人で自主練して、7時におかあさんが迎えに来るから、ピアノに行くって言ってました。」

終わった…。娘はいない。どこに行ったのか、結局、いなくなってから3時間、放置されたままだ。もうこの世にはいないのかもしれない。全身から冷たい汗が吹き出した。呆然と立ち尽くす私の横に担任と吹奏楽部顧問。青ざめている。中学校に連絡を入れ、今後の対応を検討しているらしい。

遅いよ!!!!

娘はどこにいるんだろう。涙が溢れる。探さなければ。ああ、でもどこを。

震える手で、友人に連絡を入れる。簡単に事情を説明すると、すぐに車で自宅、学校周辺を探してくれた。私も天神界隈、自宅周辺、学校、塾、心あたりを1時間車で走った頃、友人から電話が入った。

捕獲!

ありがとう、ありがとう×∞

学校と自宅を結ぶ道沿いのセブンイレブン付近を手ぶらで、俯いてヨロヨロ歩いている女子中学生がいたので、あっと思って近寄ってみると娘だったのだそうだ。

ありがとう。本当にありがとう。この恩は一生忘れません。

娘、生きていてくれて、ありがとう。

膝の力が抜けて、その場に崩れ落ちた。友人に連れられた娘を見てただただ涙が出た。

娘が見つかったことを学校に連絡し、ぶちまけたままになっていたカバンを取りに行った。もう23時を過ぎていた。気まずい空気が流れていた。

「ご迷惑をおかけしました。」
詫びを入れて学校を後にした。今日の顚末については、後日、原因及び学校側の対応の是非を検証した上で、話し合いを持つことを確認した。

もう今日は何も聞くまい。
でも、どこに行っていたのかだけは聞いておこうと思い、娘に尋ねると、

「おばあちゃんの家。」

夫の母の家。学校からは多分7キロはある。そして、姑はもうこの世にはいない。懐かしいあの家も今は空き家なのだ。初めての女孫の娘を溺愛してくれた姑。おばあちゃんが大好きだった娘。どんな気持ちで長い家路を辿ったのだろう。それを考えると今でも辛い。

「おばあちゃんの家で何してたん?」
「どくだみの花が庭いっぱい咲いてたから、その中でずっとしゃがんでた。しばらくして、少し落ち着いたから、おかあさんが心配してるから帰ろうと思った。」

10時を回った夜道。よく無事で帰ってきた。友人が見つけてくれたのも本当に奇跡。友人、ありがとう、ありがとう。そしてお義母さん、娘を守ってくれて、ありがとうございます。神仏に祈る、ということを実感した。娘に何かあったら私も生きてはいられないと思った。

そろそろ十薬の白い花が咲く。十薬とは、実に様々な効能があるから付いた名だそうだ。姑の庭に咲いていた十薬が娘の心を癒してくれた。娘にとって、白い優しい十薬の花は、大好きなおばあちゃんそのものだったのだ。十薬の花を見るたびに、私はいつも、ありがとうと心に呟いている。

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✳︎一連の経緯については記述しませんが、学校側の調査により、事実を明らかにしていただいたこと、こちらの申し立てに間違いがないことを確認していただいた上で、誠意ある対応をしていただいたことを記しおきます。

けれど、娘の中で、これが後の不登校と無関係であるとは、やはり言い難いというのが、正直な気持ちです。

さなトラ 藤野早苗


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by sacfa2018 | 2018-06-13 02:06 | 子育て | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


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