似たもの同士〜⑤凸凹母。かなり遅い自覚〜

転勤族で、頼る親族が近くにほとんどいない中、私は、一生懸命子育てしてきました。
3人の子どもに恵まれて、可愛くて、楽しかった。

末っ子が20歳を過ぎてから、幼稚園時代のママ友たちに久々に会う機会がありました。
その時、私のことを「すごく余裕を持っておおらかに子育てしてるように思ってたよ」と言ってもらいました。
そんな風に見えていたくらい、楽しく子育てできていたのです。

しかし一方で私は昔から、母の無償の愛、とかいう言葉は嫌いでした。
理解できなかったのです。
このあたり、凸凹母の悲しいところだな、と振り返って思います。

母だって感情はある、子どものためになんでも犠牲にしてなるものか、といったことを、子どもたちが成長するにつれ思うようになりました。

幸せに、楽しく子育てしていたはずなのに、
いつのまにか、口うるさい高圧的な母になっていました。

今、彼らは口を揃えて言います。
「ママは本当にこわかったよね〜」と。(過去形なのが救いです…)
私自身が、欠陥の多い人間、そして子どもは私の所有物ではなく、思い通りになるはずがない。
そんな当たり前のことを、いつしか忘れ果てていたのです。

今思い返せば、本当に情けなく、恥ずかしい。
でも、その時は、私なりに必死で、彼らのためだと思って、子どもたちに対峙していたのです。

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〜続く〜


しょこトラ Sho Miz
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by sacfa2018 | 2018-05-11 00:15 | 回想記 | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


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