似たもの同士〜②ゆとり世代〜

末っ子が2歳から小1まで過ごした埼玉では、
幼稚園のママたち、特にみかん組さんママたちは戦友のようでした。

子どもたちが通った造形教室の先生方。
子どもたちだけでなく、私自身がたくさんのことを教わりました。
また別の機会に、このブログの中で詳しく書ければと思います。

あのまま埼玉にいたら、その後末っ子が不登校になることはなかったかもしれません。

でも我が家は転勤族でした。
末っ子が小2の時、埼玉から福岡に引っ越して、環境ががらりと変わりました。
それでもなんとか順応できてはいました。
言葉が博多弁にならないのが、私は気になっていましたが。

小2の時、体育の時に体操着のズボンをはかないということがありました。
どうしても着ない彼は、運動場の隅で遊んでいたそうです。
そこに教頭先生が現れ、なぜ参加しないのか尋ねると、彼は体操ズボンを着たくないからだと答えました。
「運動するから、運動用の服に着替えるんだよ」と言う教頭先生に、こう答えたそうです。

「自分はいつもスポーツウエアを着ているから、体育の時も私服でいい。なぜ着替えないといけないのか。休み時間はみんな私服で運動してるじゃないか。」
筋の通った話なので、教頭先生は「確かにそうだねー」と答えてその場を去ったとのこと。
教頭先生は、彼のことをおもしろがっておられました。

学校指定の体操ズボンは短めのものでした。
パチパチ感がどうしても嫌なのだなと気づき、かなり大きいサイズのものにしたら着るようになりました。
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こんな感じでちょこちょこトラブルはあったものの、楽しく過ごせているように見えました。

実に運のいいことに、細かなことを厳しく指導するタイプの先生には当たらず、6年間を過ごしました。
彼のこだわりや、マイペースがとがめられることはありませんでした。

ゆとり教育ど真ん中世代です。
小学校は、枠にはめる、詰め込む、そういう雰囲気ではありませんでした。
さまざま議論はありますが、私はとてもありがたい時代に彼は小学生だったと思っています。

のびのびと楽しく過ごした小学校を卒業し、ほとんど同じメンバーでそのまま中学校に上がりました。
4つの小学校から生徒が集まるマンモス校。

いきなり、ガッチリと枠にはめられる生活が始まりました…

〜続く〜

しょこトラ Sho Miz

HPもご覧ください。
http://sacfa.yubunsuzuki.com/





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by sacfa2018 | 2018-05-08 00:15 | 回想記 | Comments(0)

不登校問題当事者であった経験からその時のこと、またこれからのことを日々綴っていきたいと思います。


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