「カシードロだよ。」
2015年3月下旬、イギリスのチチェスターカレッジに語学留学していた娘からメールが届いた。
カシードロとは?
私のボキャブラリーにその言葉はない。画像をよく見ると、これは大聖堂ではないか?たしかチチェスターには有名な大聖堂があったはず。
cathedral、カテドラルのことなのか?
娘が中学3年1月に不登校になり、高校進学をしなかったことは以前書いたと思う。時間だけはあるので、なんとなく留学しようかなあと思っていると、なんだかトントン拍子に話が進み、2015年1月から3カ月間、チチェスターカレッジで学ぶことになったのだった(詳しい経緯はまた別の機会に)。
娘のクラスには世界各国から実に個性豊かな人々が集まっていた。彼ら彼女らのことを書き始めるとまた長くなるので割愛するが、この人々と出会って、娘が感じたことは、「グローバルスタンダードから遠く出遅れた日本人」ということだった。日本の普通は、世界の異常。日本にいた時のあの同調圧力の鬱陶しさはやはり異常だったのだと実感し、とても自由になれたのだという。
クラスメイトはみんな年齢も国籍も人種もバラバラ。でも、きちんと目的を持ってここにいる。自分が何をしたいのか、ちゃんとわかっている。だから、他人が気にならない。尊重できる。優しい。
「あなたは何を学びに来たの?」
そう聞かれた娘は、
「数学。だから、チューリングとホーキングの国に来た。」
と答えたという。
すると、あちこちから数学を教えて欲しいと申し出が。英語はほぼ喋れない娘だが、数式は究極のグローバルスタンダード。片言の英語を混じえつつ、教えているうちに娘の英語力はアップ、相手の数学の理解は深まるというwin-winの関係が築かれたのだった。
クラスの結束は高まり、スポーツデイや、ボランティア、パーティなど、日本にいた時には、逃げ回っていたような催しにも積極的に参加。おかげで入学時には下から2番目だった語学クラスも3カ月で上から2番目にまで上がっていた。
イースター休暇の前、みんなは休暇が終わればまたカレッジに帰ってくるが、娘は4月から予備校が始まるので、お別れとなる。それを知ったクラスメイトが、みんなで市内観光をしようと発案し、件のチチェスター大聖堂に行ったのだった。
壮麗な大聖堂を見て、口々に「カシードロ、カシードロ」と連呼する面々。それを見ていた娘は、「なるほど、あれはカシードロというものなのか」と学んだわけである。
そうだよ、娘。
あれはカシードロ。カテドラルなんかじゃない。
あなたが本物の、生きた言葉を学んだ証。
永遠のカシードロだよ。
さなトラ 藤野さなえ